縦書丸一印・etc

2009/10/23

越後國/小千谷郵便局・大ⅢK1型

‘タカハシ・517’の落札品(Lot.517、最低値1,000円・落札値4,000円)。

  

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                       郵便局・大ⅢK1型  

               越後國/小千谷  明20.9.3

  S091023a

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      S091023b  

 

 

越後/小千谷’は、明治22年3月1日にそれまでの‘郵便局’から‘郵便電信局’に局種変更された。

  

これまでに何度も繰り返し述べてきたことではあるが、・・・・。

明治23年4月1日の縦書丸一印による切手抹消開始以前に郵便局から郵便電信局に局種変更された局では、‘郵便局’時代の印影は、切手上には存在せず、このような証書類でしか集めることができない

 

近年、‘地元印の一環’として縦書丸一印も熱心に集める方が多いが、それは切手単片上の印影に限られたことで、このような証書類への注目度はまだまだ低い!

 

  

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2009/03/16

酒田地震における縦書丸一印の応急使用

ジャパンの‘本命’(Lot.685)で、20年来の憧れの使用例。

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         郵便受取所・月ⅡC型 印刷局銘小判1銭はがき印面抹消使用  

                酒田/濵町  明27.10.25

     S090316a

     S090316b

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          S090316c

  

      

明治27年10月22日、秋田・山形地域にマグニチュード7(推定)の大地震(酒田地震[庄内地震])が発生、酒田局は焼失した。このとき、焼け残った濵町郵便受取所を仮局所にし、同所の縦書丸一印を郵便用日付印に代用して業務を再開したと推定される。

 

このはがきは、地震3日後(10.25)の印面抹消使用例で、文面も震災に関するもの。このような使用例のあることを初めて知ったのは、『丸一型日付印1888-1909(JAPEX'88記念出版)』で、それ以来20年の間憧れ続けた使用例。

 

縦書丸一印が普通郵便物に使用された例はほとんどが単なる‘誤用’であり、このように縦書丸一印を使わざるを得ない事情を伴った例は極めて少ない。これこそ真の意味での‘郵便使用’

 

使われた消印のタイプは‘郵便受取所・月ⅡC型’であるが、郵便受取所では年型から月型への移行が遅れた局が多く明治20年代の月型の使用例は少ない。このデータ明27.10.25はこのタイプの最古データである。さらに印色について言えば、郵便受取所の褐色印はほとんど見かけない

 

いろいろな意味で‘珍しさ’のいっぱい詰まった使用例である。

 

    

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2009/01/07

有栖川宮・北白川宮各2銭ガッター田型貼貯金台紙

「初回は何にしようか?」

いろいろ迷ったあげく

「これまで紹介していないもので何か華やかなものを・・・」

ということで・・・・・。

 

 日清戦争勝利記念の有栖川宮2銭と北白川宮2銭が各8枚ずつ合計16枚と菊1銭が1枚貼られた貯金台紙。その中で、中央から上に貼られているのが有栖川宮・北白川宮の各ガッター入田型になっている。

 記念切手についてはあまり詳しくないが、この切手のガッターブロックは、未使用や発行初日の欧文印が記念に押されたもの以外はほとんど見かけない。非郵便印ではあるけれども、このように自然にできた使用済は極めて少ないであろう。

 消印自体は平凡なものだが、とかく地味になりがちな縦書丸一印コレクションに彩りを添えてくれる貴重なアイテムで気に入っている。

 

                                        郵便局・月ⅡK型

                        播磨/安志  明34.10.-

   S090107a

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